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プロ
ッ
トを元に、
私は本文を書き始めた。
せき止められていた川が流れる路を取り戻したように筆は進
んだ
。
ときおり耳の奥に、
デビュ
ー
してるんだ?
」
「
小説、
が んば
っ
てくださいね」
と二つの声が響く。
食べていけるだけの原稿料をもら
っ
たこともない。
でも私は 式根先生の言葉にうなずいた
。
あの瞬間、
私は作家として生ま れたのかもしれない
。
こしらえたときではなく、
他者に渡した とき
、
名刺は意味を持つ。
自分はこういうものです
、
と声に出して認めた行動が、
自分 を高揚させている
。
[
1
章より]
それは唐突な
『
命令』
だっ
た。
俺を見て
、
祖父が短く、
「
文寛。
お前
、
結婚しろ」
そう言
っ
た。
事情も相手も知らない上に
、
まだ俺は十六だ。
結果
、
俺の口から出たのは、
素っ
頓狂な疑問符だっ
た。
この夏
、
初めての子供を産んだ。
お産は重かっ
たが、
そのあ たりはあまり他人に話すようなものではないだろう
。
そんなことより
、
妊娠中にいろいろと好みが変わっ
たのには 参
っ
た。
という話をすると、
大抵「
レモンですか」
と聞かれる。
みんなそんなにレモンが好きだ
っ
たのか、
と面食らっ
てしまう くらいだ
。
せっ
かくなので答えると、
レモンに対する欲求は、
前とは特に変わらなか
っ
た。
鶏の唐揚げにはレモンを絞りたい よね
、
という程度のものだ。
むしろ
、
唐揚げのような脂っ
こいものが食べたくて仕方のな い時期があ
っ
たくらいだ。
休職に入る産前十週までは、
普通に 夜明け前の街並みの空気はいつも
、
薄いヴェ
ー
ルにくるまれ たようにたおやかで
、
どこか心もとない。
いつも一人で
、
夜と朝のあいだを包む暗闇のその隙間にすっ
とナイフを滑らせて切れ目を入れていくようなそんな心地で歩
いたこの道を二人で歩くようにな
っ
てから、
もう二つ目の季節 が巡ろうとしている
。
「
今日はこの後、
お時間は?
」
半歩その先から
、
如何にも仕立ての良さそうな革靴のソー
ル の刻む小気味良い音色を響かせたまま
、
音色の主はそっ
とそう 問いかけてくれる
。
2
8
歳から5
年付き合っ
た彼女は、
結婚するのと卑屈な笑み を浮かべ去
っ
て行っ
た。
その予感はあっ
た。
あっ
たけれど、
結 局なにもしなか
っ
た。
男と二股かけられるなんて、
道化もいい ところだ
。
悲しくはなか
っ
た。
むなしいだけだ。
「
えっ
、
由香里(
ゆかり)
さんフリー
なの!
?
前から狙っ
て たんです
、
付き合っ
て下さい!
」